再検討 仲田投手の不運は700年に1回 広島商が池田と興南に2年連続で対戦して同じ勝敗は2000年に1回は起こる

高校時代の知人にこれを見せたら 7100万年前だと それやと 恐竜の時代になってしまうやんか そんなの絶対にあり得ない
仲田投手が全人類でたった一人だけ経験できるかどうかの経験をしだだと それもあり得ない 君の導入した条件は徹底的にお
かしい ・・・と

そして次の点を改良してみた。
①82年を確率で表すのではなく、単なる高校野球の1シーンとしてとらえる
すなわち 82年の起こった確率は100%と考える

②対戦カードを大会直前に各チームのキャプテンがくじを引いた時に3回戦までのカードが決まっているものと
して 確率は C を使わずに トーナメントの山として考えたのは良かった。しかし、それだと肝心なことを忘れ
ていた。広島商や興南が一回戦を100% 池田が別ブロックで一回戦二回戦を100%突破することを仮定していた。
各高校( 興南と広島商は1回戦 池田は一回戦と二回戦 )の突破率を乗ずることにした。

③県大会の勝率を9割に
1983年当時の地方大会
広島県大会 準決勝 広島商16-0沼南 決勝 広島商11-2近大福山
徳島県大会 準決勝 池田6-2鳴門 決勝 池田4-1徳島商
沖縄県大会 準決勝 興南13-0首里 決勝 興南3ー1沖縄水産

これを見ても 3校とも盤石の勝利といえよう 83年は特別だっと考えるべきだ。83年の高校野球において、池田、興南、広島商はどれも全国の強豪と
十分渡り合える実力を持っていた。他の県大会を観たわけではないので、徳島県と沖縄県については絶対というのは言えないが、広島大会において83年の
広島商は別格だった。82年は池本さんの粘り強い投球術と鉄壁の内野守備で勝ち上がってきたといっても過言ではない。特に、サードの正路とショートの
豊田の三遊間は卓越した技術と連携で1適の水も漏らさぬ「鉄壁」と称されていた。この三遊間の守備力は、強豪・崇徳との決勝戦では、相手の鋭い当た
りを確実に捌き池本投手の完封勝利とチームの連覇に大きく貢献した。しかし、準々決勝以降は接戦をモノにするという試合で、盤石とは言い難かった。
ところが83年は、ほとんどの試合が前半で勝負が決まっていた。 他校もランニングスコアからして水野や仲田を打ち崩せる打者がそこら中にいるとは
とても思えないし、池田や興南の打線を抑えれる投手も同じだ。 この3校は当然来るべくして甲子園に出てきたのだ。

条件を大幅に緩和してみた。県大会は、決勝戦までは無条件で通過、しかも決勝での勝率は9割を想定しても問題ないと見る。

①~⓷を考えて
以下の条件で修正を加えてみた。 地方大会は3校とも決勝までは無条件で通過
しかも、決勝の勝率を9割とする。
甲子園大会は ミラクル3さんの指摘通り 1試合の勝率を 池田は80% 興南と広島商は60%とする 甲子園大会に出てきた
出場校は例年になくハイレベルの強豪校伝統校が揃っていたからだ 池田の勝率を9割とするのには自分も異論がある。

1. 「対 興南(2回戦)」が1/25×0.6×0.6 である理由
当時の49代表(52枠換算)において、2校ずつの「初戦ペア」は25〜26組存在します。
広島商がどこかのペアに入ったとき、その「対戦相手」という特定のポストに興南が座る確率は1/25

(ただし これでは 広島商も興南も1回戦は勝ち上がることを勝手に想定しているので 両校が一回戦を
突破する確率を掛け合わせた。 )

2. 「対 池田(3回戦)」が1/4×0.8×0.8 である理由
大会前の抽選で、トーナメントは大きく2回戦から登場する組も合わせて「5つのブロック(A・B・C・D・Eブロック)」
に分かれます。 広島商が特定の1つにいるとき、3回戦で対戦する池田は「隣のユニット」にいる必要があります。池田
がその「隣のユニット」に配置されている確率は、残りの4つの大きな山のどこに入るかという選択において1/4 。

(ただし池田が1回戦と2回戦を勝ち上がることを勝手に想定しているので、池田が一回戦二回戦を突破する
確率を掛け合わせた。)

項目 確率
①:3校あわせての地方大会突破率 0.9×0.9×0.9= 0.729( 72.9% )
②:くじ引きの運(表の配置) 0.01( 1% )
③:広島商・興南の1回戦突破率 0.6×0.6=0.36 ( 36% )
④:池田の3回戦進出率(1・2回戦突破率) 0.8×0.8=0.64( 64% )
⑤:2・3回戦の勝敗パターン(相対勝率) 対 興南(0.5) × 対 池田での敗北(0.571)=0.2855( 28.55% )

①~⑤まで乗じると その確率は 0.04797% 約 1/2084

「約2,084年に1回」 起こるかどうかの確率となりました。次に、こんなことが起こるとすると、それは西暦4067年になる。


これに従い仲田投手の不運も再計算してみました。82年は100%起こった単なる高校野球の1シーンだと考えるとその確率は
全く現実的な数値になります。 まず 49C2を使わず トーナメントの山で考えることにしました。

項目 確率
①:2校の地方大会突破率 0.9×0.91 = 0.81( 81.0% )
②:くじ引きの運(表の配置) (1/25)
③:広島商・興南の1回戦突破率 0.6×0.6=0.36 ( 36% )
④: 2回戦 ( 広島商が興南に勝つ ) 1/2
⑤:試合再現率 0.2885( 約29% )

くじ引きの運(表の配置)は前と同じです。当時の49代表(52枠換算)において、2校ずつの「初戦ペア」は25〜26組存在します。
広島商がどこかのペアに入ったとき、その「対戦相手」という特定のポストに興南が座る確率は1/25
2校ともに一回戦を突破する確率が0.6×0.6=0.36

試合再現率は次のように考えました。
「1点差か2点差の接戦」になる確率 57.7%(広島商が強豪校と2点差以内の接戦になる確率(統計値))
バントやスクイズといった広島商らしい戦法が勝敗に大きく絡む 50%(単年:仮定)
勝敗については④の項目にありますので
試合再現率= 0.577×0.5=0.2885( 28.85% )

勝敗は別として実力差の均衡したチームだと広島商は3試合に1試合は、バントやスクイズを駆使して僅差の試合
をしていると仮定しています。

これらをすべて掛け合わせると、1年間にこのシナリオが起こる確率は 約0.136% (約735年に1回)となります。


どちらもかなり現実的(あり得るかもしれない) 数字になってきた。

ただ、それでも限りなく起こりえない稀な事象であることには変わりない。

本当にこんなことが起こりえたのか? 原因は何か? それは、今でも謎のままだ。 前年の決勝で池田に大敗したの
を観た広島商OBたちが、『お前らもう一回甲子園で池田とやって勝って来い』と選手に言い放ち 池田もう一回 対戦
させるために 高野連に頼んで 池田と当たるようにくじを操作してもらったという噂まであるぐらいだ。
しかし、それは、いくらなんでもあり得ない。 というのは、大会前のトーナメントを決定する際に各キャプテンが
くじをひいたときに3回戦までの組み合わせが決まっていたからだ。

(シュミレーションの問題点)
試合の再現性について 勝敗に関係なく広島商がよくとる戦略(バントやスクイズ)が大きく勝敗に絡む というのはデータ化
しようにも難しい。そのために、それが、50%で起こるということを、勝手に仮定している点

(結論)
確率の分母は劇的に減った。その大きな要因は1982年の事象は単なる偶然ととらえ、1983年単年で考えたことである。
また、3校揃っての、地方大会の突破率が異常に高いことも分母の数を飛躍的に小さくするのに効いている。
83年という特別な年にのみ適応される例外的なルールを県大会に適応したためである。
しかし、それでも2000年に1回とか 700年に1回という確率になってしまった。

実際に起こった事象が、いかに稀にしか起こらない事象であることを改めて認識した。

やはりこの3校を取り巻く何か因縁のような目に見えない力が働いたとしか考えようがない。また、仲田投手は
700年に一回ぐらいしか起こらない事象を83年に経験したと考えるしかない。