1981年 小沢選手 渾身の守備
1981年夏 金村選手2打席連続ホームラン (横浜 対 報徳学園)
1981年は何といっても前年の準優勝校早稲田実業が最も注目を浴びた。その原動力となったのが1年生の時から甲子園のアイドル的な
活躍をしていた荒木大輔投手だった。その早稲田実を決勝で下したのが関東の実力校 横浜だった。
横浜高校は去年の愛甲投手の代に比べてややスケールダウンしていた。右のサイドハンド長尾投手は良い投手ではあるが報徳の方が
勝つだろうと思っていた。2回戦のこのカードは去年の優勝校と報徳学園との対戦で注目された。
4回の表 横浜はノーアウト1塁3塁の絶好のチャンスを3本間にランナーが挟まれてしまいタッチアウト 絶好のチャンスをつぶしてしま
った。
4回のウラ報徳学園も併殺でチャンスをつぶしたが金村選手のホームランがレフトスタンドに出る。しかし、なんてふてぶてしい顔をし
ているやつだと子供心ながら思った。
7回の表、横浜が1点を返したが金村投手は後続を断ち、7回のウラに入る。その差は1点となり試合の行方はわからなくなったが
なんて野郎だ! 金村選手の2打席連続ホームランがレフトスタンドに飛び出す。
横浜高校の最後の攻撃もキャプテンの片平選手がショートゴロに倒れ2アウトになる。そして次の選手もピッチャーゴロに倒れて
横浜の二連覇は報徳によって阻止された。
1981年夏 小沢選手 渾身のファインプレー (報徳学園 対 早稲田実)
早稲田実対報徳学園の対戦は3回戦で実現した。
荒木大輔は前年の準優勝投手で注目度の高い選手だったが報徳学園の金村投手は実力では荒木さんをしのぐと考える人が多く
西日本では実力の金村 人気の荒木という感じにとらえられていた。
報徳学園は関東の実力校横浜高校を 金村選手の2打席連続ホームランなどが利いて4-1で下していた。
序盤は金村、荒木両投手の投球がさえて投手戦になった。報徳の打線は完全に荒木投手に抑えられていた。
試合が動いたのは7回だった。5番の池田選手が三遊間を破り 6番の住吉選手が送りバントの構えからエンドランこれが成
功して打球が右中間に転がる間に池田選手が生還した その後、黒柳選手も続いて早稲田実が2点先取した。
その後松本選手のセカンド強襲のヒットでもう1点早稲田実が取った。
7回裏は荒木投手がフォアボールを出したりしてランナ―を出したが何とか切り抜けた。
そして8
回の表 岩田選手の上手い走塁で3塁をおとしいれた。四番の小山選手のスクイズが決まり早稲田実が4-0とリードした。
8回で4-0だと当然 早稲田実が勝つことは誰もが考えたと思うが・・・それが誤審をきっかけにとんでもないことにな
るとは・・・8回のウラ 1アウトから連打でチャンスを拡大した しかし次の打者が 内野ゴロ 併殺かと思ったが 1塁
がセーフの判定 あれれ?ちょっとおかしいぞ と思った。
9回のウラ またしても打順は4番の金村選手に回ってきた。金村選手は初球を打つ 打球はセンター前に抜けようかという
感じだったが、早実のセカンドの小沢選手の超ファインプレーが飛び出した。しかしなんと 8回同様 セーフと判定された
のだ。なんだよ これ! 一塁塁審 関西人か?報徳から資金援助を受けているのか?どう見ても報徳をひいきしているとしか言いようのないジャッジだった。
バッターであった金村選手アウトになったと思ったのだろう。あれ?という感じで一塁を走り抜けた場所で不思議な顔をしていた。
それから荒木さんはリズムを崩した。
しかし、凄い守備だった。小沢選手は、まわりこんで、バックハンドで取って、ノーステップで一塁に投げていた。それをスローで見
たが 神業とも言うべきプレーだった。
翌年にも 東海大甲府戦でも 難しいゴロをとって 正確な送球で、バックホームして本塁で刺したのは本当に見事だった。小沢さんのプレーに関することや 荒木さんの金村選手との対決の談話は 年末の思い出甲子園という番組でも放映されていた。
その番組の中で、面白かったのは 延長10回のウラ 報徳の攻撃の時、『金村君が『お前勝負せえよ』と荒木投手に 言ったら荒木投手が こくり
と頷いたという記事を雑誌か何かで読んだんだけど・・・それは本当ですか?』 と記者が 荒木さんに きいていたことだ。大体こういった
雑誌の内容はあまり信用しない方がいい。それが本当なら金村なんかの挑発に乗ったらダメだと思った。
いまだにもって 監督はどうして延長10回のウラに金村選手と勝負させたのか?自分が監督だったら間違いなく敬遠させたと思う。
しかし、報徳の金村さんは今では人柄も良くなって面白いことを言っては笑わせてくれるが、当時はお世辞にも行儀が良い輩ではなかった。
インタビューを聞いていても生意気なことを言っていた。
当時、後輩の松本さんという人が 当時は投手として入部したのだが 金村選手の鶴の一声で肩がいいという理由で監督に相談す
る間もなく『お前キャッチャーせえ』といって捕手に転向させられたというエピソードを話していたが、その人が言うには、開会式
の時 『君が荒木大輔か?』と荒木大輔投手を見つけては、話していたという。
延長10回は、3塁を回った時にガッツポーズをしながら、さぞかし 優越感に浸っていたことだろう
さて、世間を騒然とさせ 物議をかませた 世紀のミスジャッジ は 次のが起こるまでに 26年の年月を要した。そのミスジャッジ
は 広陵対佐賀北の8回の裏に起こったものであることは高校野球ファンなら誰もが知っているだろう。
そういえば26年後の2007年の夏もそうだった。 広陵 対 佐賀北 広陵が7回の表に4点目を取って4-0になったときは今日の
試合は野村君の調子から逆転はいくら何でもないだろう・・・・と思って自分は母親に頼んでメロンを果物屋さんに注文してもら
った。その後とんでもないことが起こるとは、夢にも思わなかった。奇しくもスコアは報徳学園―早稲田実と同じ 5-4だった。