1982年 春 死闘14回 明徳対箕島

   
1982年春 早実 荒木大輔投手は優勝できるのか? 

1981年の夏の大会は 金村選手の報徳学園の優勝で終わった。自分は高校野球にとても興味を持った。自分は報知高校野球 という高校野球専門誌を買うことにした。雑誌の中ではかなり玄人肌の雑誌で 地方大会のランニングスコアや大会の展望 などが詳しく出ていた。

82年の春の大会は何といっても  何といっても世間の注目は3年生になった荒木大輔投手 小沢選手が率いる早稲田実 が優勝旗をつかめるかどうかということだった。

早稲田実を包囲する全国の強豪たちの顔ぶれは豪華なものだった。まずPL 榎田という 大きく振りかぶって投げる投手が いて優勝候補の筆頭とされていた。

西日本でPLに続くのは箕島、上野山投手 吉井投手と二人の好投手がいて打線も強力 小技を使ったそつのない攻撃は健在 だった。

関西の2チームに東東京代表の早稲田実 早稲田実業は今の国分寺市に移転する前は東東京にあった。この3校が最有力校 と思っていた。

日野投手の埼玉の上尾高校が雑誌などでは注目されていたが 西日本に住んでいるものには馴染みが薄く 自分はあまり脅 威を感じていなかった。

そのほか 自分が注目していたのは去年の夏の大会で活躍した野中投手率いる中京だった。 自分の中では PL 箕島 早 稲田実 中京 が間違いなく4強だと思っていた。そのほか関東地区準優勝の横浜商にも注目していた。 この時、明徳は ノーマークだった。明徳は四国大会で40勝2敗という驚異的な成績を残したのだが四国大会は香川県2位の丸亀商に4-1で 敗れていたし正直あまり注目はしていなかった。

荒木大輔投手が優勝できるとすると、私は この春の大会が最も可能性があると思っていた。早実には主力投手が一人しか いなかったからだ。夏よりも気候が涼しい春の方がずっと投手としてはやりやすいだろうと思っていた。

早稲田実は一回戦の相手西京商を無難に撃破した。自分が覚えているのは 小沢―黒柳―板倉へと渡った。最後の4-6- 3のダブルプレーだけだった。

  2回戦は 岡山南 巨人で活躍してバントの記録を作った川相選手が 投手だった。この試合は特に見ていない 早実が無 難に勝つだろうと思っていた。案の定 順当勝ちだった。なぜ この試合を見なかったか?それは この前の試合(第二試合) が 球史に残るだろう名勝負だったからだ。



1982年春 選抜史上最高の試合 (明徳 対 箕島)

試合は 明徳 弘田投手 箕島 上野山投手の好投で投手戦で始まった。尾藤監督は守備の面で不安を感じていたらしいが、 実際に箕島の守備はかなり堅く 私はそうではないと思った。

セカンドの江川(えかわ)選手や ショートの岩田選手など軽快な動きをしていたしそのあたりは問題ないと思っていた。 試合は予想していた通り完全に守りあいの投手戦になった。試合はどちらのチームもランナーは出すが、投手が要所を締 める。のどがかなり乾いたのか 松田監督が オロナミンCを飲んでいた。

しかし、ここまで点が入らない試合になるとは思わなかった。9回を0-0で終わって延長戦に入った。延長に入っても ランナーは出ても要所を抑えるという展開が続いた。

延長11回の表 箕島絶体絶命のピンチがあった ワンアウト1塁3塁 3番の清水選手は気負ったのかファールフライを 打ち上げた。

しかし、ピンチは続く、4番の藤本選手はショートゴロに倒れ試合はいつ終わるか分からない展開へとなっていく、試合が 動いたのは 先に得点を取ったのは明徳 13回だった。梶原選手の2塁打で ワンアウト1、3塁 そこで松田監督は スクイズを命じた。これが見事に決まった。さらに2アウト2塁から4番の藤本選手にタイムリーが出る明徳は決定的と もいえる2点目が入る これで勝負あったかとほとんどの人は思ったと思う。

しかし、ここで箕島が終わると思ってもいなかった。その裏 箕島も反撃2番の杉山がセンター前にはじき返し 3番の 岩田も1、2塁間を突破して これでお膳立てが揃った。しかし、次のバッタ―が倒れ、2アウトになった。ここで打て というのが酷なものだけど この緊迫した場面で5番の泉選手は左中間に2塁打を放つ、2者が生還して同点に追いついた。

これが箕島の野球なのか 球場は騒然とした。延長14回の表 明徳はまたもやチャンスを得る 上野山投手は疲れてし まい 先頭打者にフォアボールを出してしまう。 その次の打者にも続けてフォアボールを出してしまう。

投球数はもう既に210球を超えていた。カーブが曲がりきらずボールになってしまう。次の打者が送りバントをするが上野 山投手は疲れからボールをジャッグルしてしまい慌ててサードに投げたがセーフ ノーアウト満塁の大ピンチとなった。

迎えるバッターは 当たっている梶原(かじはら)選手  梶原選手はレフトフライに打ち取った。 今日の試合のカギと なるシーンがくる堀尾選手はセンター前に執念で はじき返し 明徳に3点目が入った。しかしセンターからの好返球で4点目は防いだ。

これが大きかった。もし4点目が入っていたら この試合箕島は落としていただろう。このあたりは流石箕島だ。

そして、次の小谷選手はファーストのファールフライに切ってとった。しかし3-2で明徳に再びリードされた。 14回の裏 箕島の攻撃、解説の河合さんは 箕島の逆転があるかどうかというアナウンサーの問いに対して 可能性が十分にある のよ うな話し方をしていた。

打順は7番からと下位打線だった7番の住吉選手はいい当たりだったがセンターフライに倒れしまい ワンアウト まずいな これは と思った。次の8番の木戸選手はセンター越えに2塁打を放つ そして尾藤監督は 代打を送る。代打の藤本選手は 三塁に痛烈な打球を放ち 明徳の三塁手が後ろにそらしてしまう。

これで1アウト2塁3塁 それにしても すごい試合だ。また箕島が追いつくのか? ここは尾藤監督がどう攻めるのか? スクイズでまず同点に追いつくだろうと自分は思ったが・・・・打順は1番に江川選手に 明徳の投手は江川選手を嫌って 1塁に歩かせる満塁策に出た。

これでスクイズはしにくくなった。2番の杉山選手は2アウト ツースリー(見ている方が緊張した。) から三塁線を破った。 そして3塁ランナーがまず生還 そして2塁ランナ-が3塁を回ったあと ヘルメットを飛ばして本塁へヘッドスライディング 3時間30分にわたる大熱戦にピリオドを打った。それにしても、すごい試合だった。

最後の三塁線を破るヒットが出た時は鳥肌が立った。選抜史上最高の名勝負といわれるにふさわしい試合だった。

  箕島の野球ではずっと昔から思っていたことなのだが、普通の高校では決してできないようなことを何もやってのけるのである。 土壇場でどうやってこうした力が発揮できるのだろうか?箕島というのは本当に不思議なチームだ。

しかし、自分はこの試合の勝因は箕島の好守備にあると思っている 14回の表、外野手の好返球とキャッチャーの好捕で明徳に 追加点を許さなかったのが大きかった。アウトになっときの松田監督の悔しそうな表情は今でも覚えている。

試合の後 尾藤監督が、明徳の監督さんに 『松田さん また、よろしくお願いします。』と礼儀正しく声をかけていたのが、印 象よく感じた。

松田監督は『武蔵が小次郎に敗れた』という名言を残して甲子園を去っていった。明徳の松田監督も負けたとはいえ、いい試合が できて満足していた感じだった。