2006年 雪の中の大決戦 早実 VS 関西

   
2006年春  八重山商工 猛反撃 横浜なんとか逃げ切る (八重山商工 対 横浜 )

この試合を見始めた時、ゲームは中盤だった。横浜高校の相手は、八重山商工 後半に八重山商工が猛烈に追い上げていた。自分は 渡辺監督が、どういう指示を出すのかに注目 して見ていた。八回を終わって7-1とワンサイドと思ったがとんでもなかった。

ピッチャーは川角(かわすみ) 投手だったと思う。八重山商工に 三連打が出てにわかに三塁側が騒ぎ出した。自分次の試合が早実が三塁側だったので三塁側に入ったのだが、背 番号5番 8番の選手が重なり合うように本塁からこちら側に帰ってきたのが見えた。

さて、渡辺監督は どういう指示をだすだろうか?ということに注目してその後を観戦した。6連打で5点入ところで川角投手交代、この交代は良かったと思う。川角投手は完全 にタイミングを合わされていた。

しかし、変わった投手もヒットを許して ピンチを迎えた。ワンアウトランナー2塁3塁 サヨナラのランナーまで出てしまい、しかもバッタは四番 このバッターをファーストゴロに取ったが、ランナーはそれぞれ進塁した。

2アウトランナ-2塁3塁 ここはどう凌ぐか 渡辺監督は勝負と見たのか外野手を前に出した。外野を抜かれたら、2人帰って、サヨナラ負けである。

しかし、内野手は2アウトなので深く守っていた。渡辺監督は冷静だった。

この守備だと外野手の前 もしくは内野を抜かれても同点 どまりだろう。外野手を抜かれない限りサヨナラで負ける可能性は少ない。

自分の脳裏にはあるシーンが浮かんできた。

(1998年の夏の大会明徳義塾戦 最終回の明徳義塾の守備体系は2アウトなのに前進守備をしていた。セカンドの後方にフライがふらふらっと上がってセンターの前に落ちた。しかし、もし内野手が深めに守っていれば取れない球ではなかった。)

続く、5番打者の打球が 三遊間に飛んだときは、内安打だと思ったが、横浜のショートの選手が取って一塁に遠投 測ったような正確な送球でゲームセット 並みのショートだっ たらセーフだっただろう しかし、横浜のショートは上手かった。この試合はいい試合だった。



2006年春 雪の中の大決戦 早実VS関西 (第一試合)

続けて早実 関西の試合をゆっくり観戦した。しかし、この寒さにはかなわない 三月も終わりだというのにすさましく寒い。おそらく気温は5度以下だったと思う。

試合は小雨の中 静かに始まった。試合は早実斉藤 関西 中村の両投手の投げあいで始まった。3回頃には雨がやんでいた。

前半は穏やかな試合だったが 6回表に1番川西選手のヒットで早実が3-2と勝ち越すとゲームが急に動き出した。続く7回は7番船橋選手がセンターオーバの二塁打を放ち 5-2に三点差をつけたのでこれで早実の勝ちかと思った。

その後、関西3番の上田選手のホームランなどが出て、9回の表を終わった地点で、7-4で早実がリードしていた。

このままゲームセットかと思っていたが9回裏でもつれた。外野手のエラーでノーアウト ランナ-2塁 その後 斉藤投手は2番打者にデッドボールを与えてしまった。

そして打順は、先ほどホームランを打った3番の上田選手、なんとそこで 警戒しすぎたのか思い切って内角を突いたのが、上田選手にも当たってしまった。

2者連続のデットボールとは、流れが悪すぎる 自分は 1981年の早実-報徳学園戦を思い出していた。あの試合は、確か9回に金村選手の誤審があってランナーが出た後 痛恨の デッドボールがあったはずである。

こういう試合での四死球は絶対に命のとりになる。しかも、二者連続のデッドボールはあまりにも痛い この試合の最大の山であることは間違いなかった。

和泉監督は斉藤投手を変えるだろうか?と思っていたが、監督は変えなかった。斉藤投手はこういうときに非常に冷静でいられることを知っていたみたいだ。それにしてもその後 が凄かった。場面は、ノーアウトで満塁で しかも、この勝負せざるを 得ない状況で次は四番の安井選手だった。

安井選手は 関西では上田選手とともに最も警戒するべき選手であることは知っていた。3点ある。この安井選手にヒットを打たれて1点取られても、フォアボールで押し出しより はマシだと思っていた矢先、カウントはワンスリーとなってしまった。

そして、外角高めのストートを右中間に運ばれてしまった。 さらに最大のピンチであることに自分は気がついた。ノーアウト3塁という ( 関西は裏だから1点取られても試合 終了)サヨナラのピンチを迎えたのだ。

続く打者も強打者5番下田選手  なんと、ここで和泉監督は満塁策を取った。下田選手をまず敬遠 つづくダース選手も敬遠。誰もが足もすくむ場面となってしまった。

フォアボールも外野フライも許されない。1996年夏の決勝戦 熊本工対松山商戦と似た場面が訪れていた。一つのミスも許されないとはまさにこのこと、ここは百戦錬磨の斉藤投手 は冷静だった。

7番バッターをピッチャーゴロ のゲッツウにしとめたのだ。その次の8番バッターも 変化球でカウントを稼ぎ、スライダーを見せておいてからストレートそして最後は外角低めの スライダーで三振を取った。これは、圧巻というしか言いようがない。

和泉監督も斎藤の投球術を信じて満塁策を取ったのだと思うが後になって考えてみれば危ない橋だったと思う。

早実にしてみれば 最高の形で絶体絶命を逃げ切った 逆に関西としては絶好のチャンスを逃してしまった。こうなると早実に流れが行くかと思えた。ところがこの試合 動かなく なってしまった。関西は中村投手からダース投手に変わり斉藤投手との投げあいになった。

こうなると試合の行方はエラーか長打だと思った。試合は 14回裏に入った。関西は5番の下田選手が その長打を放った。 ワンナウトランナ-二塁 またもや斉藤投手にのしかか るピンチだ。そしてこの最大のピンチを救ったのはレフト船橋選手のファインプレーだった。

それにしても実に見事な好捕だった。あれが抜けていれば間違いなく関西が勝っていたと思う。延長15回は両校投手が好投して長い試合は終わった。試合の終わりに雪が降ってきた。

甲子園で3月の終わりに雪とは珍しい。いい試合だった。自分の周りの多くの人も立ち上がって両校の選手に拍手を送っていた。ダース投手は満足そうな顔をしていた。