幻の最強戦力 2006年 広陵 ( 準決勝 広陵対崇徳 )
2006年の広陵のチームは中井監督も相当自信があったらしい 2007年に春のセンバツに出場することが決まったときに胴上げを選手が申し出たが監督は断った 理由は、昨年の2006年のチームが甲子園に行けなかったからである。
監督は 2007年のチームは去年に比べて弱い、弱い を連発していた。
中井監督の 弱い を信用してはいけない。 中井監督が 弱い というときは大体 自信がある時だ。これは選手を緊張させないためにマスコミを使った戦略だ。
しかし、2006年だけは、2007年と比較しても戦力的にはそん色ないと思う。
事実、戦力的には 吉川 野村と二人の好投手がいて打線も重量打線の2006年が近年の広陵の中で最も戦力が充実していた。
吉川投手 野村投手 捕手の上村 内野手の松永 土生 津川 百田 と好選手が揃っていた。事実広島県大会を担当した解説者も、2003年の西村君で全国優勝したときの戦力
に肩を並べるという発言をしていた。
この大会は 優勝候補の筆頭は広陵 対抗は夏に強い如水館 優勝に絡んでくると予想されるのが、崇徳と広島工 という図式だった。しかし、広陵は去年の広島県大会の準決勝で高陽東に13-8で敗れており、準決勝は鬼門だと言われていた。事実準決勝までは ほとんどのゲームがコールド勝ち 準決勝
ぐらいに一つ山が来るかなと思っていたが、それでも広陵の優勝は堅いと思っていた。
自分は、甲子園で中井監督が吉川 野村をどう使うかにということに考えを巡らせていた。迎えた準決勝 崇徳戦 初回先発の吉川投手が乱れ
いきなりの死球で2点を取られてしまった。
それに焦ってしまったのか広陵打線が湿ってしまい終盤へ 反撃の糸口が見え始めたのは終盤8回広陵にヒットが出て1点返した。
しかし、8回の裏 吉川に変わった野村投手 が ライトにタイムリーを打たれ2点とられてしまった。そのあとダグアウトに戻り 下を向い
て泣いていた様子がテレビで放映され 見ていて気の毒だった。
9回最後の猛反撃を広陵がかける ところが、ヒットで出た津川選手が、二塁で牽制球に指されアウトになってしまった。
泣きながら引き返していくときに ピッチャーの吉川選手が 彼をかばいながら自分も泣いていたのも印象的だった。残念ながら反撃及ばず
近年の広陵史上最強戦力といわれて広陵は広島県大会で姿を消した。2006年の広陵を甲子園で見たかったものである。