広島県の北部地区 島 郡部から 県立高校の甲子園に出場は 

     

広島県は、田舎にある県立高校に非常に冷たい県だ。県北か離島にあるもしくは郡部にある県立高校が甲子園に出たことは一度もない。 1980年以降で見ても 決勝にコマに進めたのは、1989年の大柿高校(準優勝)と2005年の三次高校(優勝)たった2校だけだ。

宮島工(1999年甲子園出場)は 所在地は宮島ではなく対岸の廿日市市である。自分も昔から宮島工は、校名から宮島にあると思っていた。 宮島工は、弱小校ではない。今でもトーナメントの上の方に進出することもある。

ベスト4までさかのぼってみても数えるほどしかいない 1983年沼南高校(ベスト4)が加わるだけだ。

沼南高校は出場当時は沼隈郡にあった。今は沼隈郡は消滅している。

すなわち、ここ半世紀で県北か島または郡部にあった県立高校がベスト4以上にコマを進めたのはたったの3回しかない。徳島県の池田のように全国を狙えるまでの行けるのかといえば、それは、県大会を突破するも至難の業だ。

今後、この地区から甲子園に出る県立高校は、あるだろうか?

三次高校は長い高校野球の歴史の中で2度も決勝戦までコマを進めている。1962年と2005年だが 2005年は本当に惜しかった。(出場は高陽東)  今後もチャンスはあると思う。

大柿高校も1989年 島にある過疎地の学校でありながら。決勝まで進んだ。準々決勝では崇徳を準々決勝 大柿7-2崇徳で撃破している。 2007年も2回戦で広陵といい勝負をしたので、地元では話題になった。しかし、今は部員不足に悩んでいる。

また、沼南高校は1983年には広島商とあたり16-0と大敗したが、最終回の攻撃はもう1点取るのにもう一歩までこぎつけた。2アウト 1塁2塁から センター前にヒットが出て ランナーは本塁に突っ込んだが 好返球に阻まれタッチアウトでゲームセット あと一歩で 1点を取ることができた。1983年の広島商といえば、戦力的にも全国でも上位が狙えるチームだった。

解説の迫田監督(元如水館監督)が『ああ~ でも、いいですね』とフォローしたのが印象に残っている。

沼南は出場当時も過疎地にあったために、当時も部員数は少なかったと思われる。(沼南の全校生徒が100人を切ってからもう久しいからだ。)

記録がもう40年以上前なのでないが しかし ベスト4まで行っているということは 広陵 崇徳 瀬戸内 山陽 広島工 盈進 尾道(私立) などの いわゆる強豪校のいずれかを ベスト4まで勝ち上がるまでに倒していることになる。 自分は、これは凄いことだと思う。